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zoom RSS パッタニーの爆弾テロ 私的記憶と集合的記憶

<<   作成日時 : 2012/02/12 00:53  

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2月9日早朝の爆弾テロは私にとって
ただごとではなかった。

つまり爆弾テロの衝撃波が、私の部屋の
窓ガラスを揺さぶったからである。

ナラティワート、ヤラー、パッタニー、
そしてソンクラーの一部は爆弾テロ地域である。

大学のキャンパスは市街にあるが、ここに私が
来てから何回か爆弾テロはあった。

警察署の朝礼時に爆弾テロがあった。

市庁舎の前で爆弾テロがあった。

もっとも最近では、大学をでた通りのセブンイレブンの
前で坊さんとそれを警護する兵士をねらった
爆弾テロがあった。

しかし、それらはニュース、あるいは人づてに知ったものだ。


今回の爆弾テロは少し違う。

2月8日は疲れがたまったのか、夕方眠りこけた。

2月7日に日本の大使がハジャイのキャンパスにいらっしゃった、
日本留学のイベントがあって、ちょっと疲れたのだ。

2月8日の夜は暑さも手伝ってよく眠れず、2月9日の
朝5時ごろからうだうだとしていた。

なにか起こる予感はしていた。

パッタニー県では、軍が住民を信頼していない地域があり
問題を引き起こしていることをバンコク週報で読んでいた
からだ。

8時過ぎ、つまりタイ国歌がながれてしばらくたち、
ボーンという大きな音がして、その爆風で窓ガラスが
がたがたと揺れたのである。

はじめはアパート前のごみ収集場所に仕掛けられた
爆弾が爆発したのかと思った。

すぐに首を出すと2次爆発に遭うかも知れないと思い
じっとしていた。

ベランダの方から見てみるといつもの通りで、
何の騒ぎもない。

結局、ちょっとした恐怖感だけが残り、自動車の排気の
爆発にしては大きいし、などと考えているうちに
ちょっと眠たくなった。

爆発と言っても、イベント時の花火の音はすごいし、
華人系の旧正月も爆竹の音がすさまじい。

だから大きな音がしても普段は適当にやり過ごすのである。
ピストルのような音がしたが何もなかったらしいということもある。

タイ人はタイ人で、携帯をはじめとするいろいろなネットワークを
持っていて、けっこう正確に知っているのだ。

12時からリスニング・スピーキングの授業だ。
シャワーを浴びて準備をする。

アパートのロビーを通るとき、管理人のおばあちゃんなどが
いたので聞いてみた。

「爆弾があったの?」
「ああ、病院のわきのテニスコートのあたりだよ」

(やっぱり相当大きかったんだな)

学生もみな知っていたが、とくに言うことはなく、粛々と授業は
すすみ、終了した。

夕方、いつもの食堂でいつもの店員さんにきいた。

「死んだ人はいたのかい?」
「ああ、一人、それとけが人が8人だ」

とても渋い顔をして答えてくれた。



私の体験的記憶は「朝の8時すぎ、大きな音がして爆風らしきもので
部屋の窓ガラスががたがたと揺れた」
「私は爆弾かと思ったが、付近を見ても何も異常はなかったので
確証は持ち得なかった」ということである。

バンコク週報にはこの記事は出ておらず、バンコクポストという
英字新聞のサイトでやや詳しく知ることができた。

http://www.bangkokpost.com/news/security/279046/one-dead-15-hurt-in-south-bombs



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