タイでもっとも走り抜けた パタニ通信 しょう坊

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zoom RSS 私的ロック史

<<   作成日時 : 2012/01/16 04:51   >>

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遠ざかるにつれて、情報量は増大してくるような気がする。

もちろん、記憶について考えているのだけど。

音楽史について一度書きたいと思っているが、奏者でない

者が何かを書いても社会的なものにはならないな。


ジャズが好きだったから、当然、エスノメソドロジー的な

サドナウ「鍵盤をかける手」には今でも興味がある。



高校1年の文化祭だったような気がする。

T君の誘いで、ボーカルをやった。

「しょう坊は、体がでかいし、声が大きいからピッタシ」

有名なジャンピン・ジャック・フラッシュだったが

T君のすすめで、ジョニー・ウィンター版。

レコードだったかテープを貸してくれた。

「ロックンロール!」で始まるジョニー・ウィンターはかっこいい。

途中で歌詞を忘れて、適当な英語でやったら

きちんと聞いていた人がいたらしいのを覚えている。

文化祭に来ていた女子学院の連中の一人だったような

気がする。「まちがっているわ」「適当よ」

みな、ロックおたくだったからね。



高校3年のときは、私がドラムで、それにベース、ギター兼ボーカル。

クリムゾンをやった。「21世紀の精神異常者」

ドラムセットが買えないし、場所もないから、ヤマハの音楽教室に

通ったのを覚えている。

すごいうまいのが他のバンドにいたが、自宅の屋上にドラムセットを

もっていた医者のドラ息子だ。

練習は渋谷の道元坂にあった貸しスタジオ。

ラッパズボンなどはいて、いきがっていた。

当時のはやりは、ロン毛だ。

ベースは千葉大医学部、ギター兼ボーカルは東京大学に進学した。

私はどこにも受からなかった。

ギター兼ボーカルからは、数年前、スイスから金融プロモーションの

話をしてきた。



この貸しスタジオは、T君や私のガールフレンドになりかけたHと

いった連中がよく使っていたらしい貸しスタジオだ。

みな知っていることだが、T君は中学3年卒業で退学し、大検で

大学を受けたらしいということだ。

だから、ジャンピン・ジャック・フラッシュを歌ったのが

高校1年のときだったか、中学3年のときだったかよく覚えていない。

中学は坊主だったから、高校1年のときだったような気がするだけだ。

T君はいわゆる外人部隊だったかな。

ようするに、T君は「他の生徒に悪い影響を与える」と言われて放校と

なった。



私は教師業で30年近く飯を食っているので、どうもこのときの

ことが心にひっかかっている。

大検コース自体については、院生の時、河合塾で教えたことがある。

現代文の神様、牧野剛さんに圧倒されて、自分でもかなり冒険的な

教え方をしたりした。

学生時代にはまった広松渉という東京大学教授の哲学者、この人は

大検で東大に入った人なんだね。



T君は若くして、ロッキンオンに音楽評論を書くT先生となった。

「新月」というプログレッシブ・ロックのマネージャー兼ギタリスト

もやっていたみたいだ。

今のテンポの非常に速いヘビメタやビジュアル系からみると

まどろっこしいが、日本ロック史のなかでは、再評価されているようだ。

T君のリードギターでジャンピン・ジャック・フラッシュを

歌ったことは、大変名誉なことだったわけだ。


新月 鬼

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